田舎者のナンパ師上京秘話

生まれも育ちも田舎者だった

とりあえず、最初は僕がナンパ師になるまでの経緯を簡単に紹介していこうと思う。

僕が生まれたのは人口が3000人程度の田舎の港町で、中学校を卒業するまではそこで両親と過ごした。

特にこれといった特徴も無いような所だから、他の多くの田舎同様に人口の流失による過疎化が進む現象に歯止めはかからず、僕自身も魅力の無いこの地元には全く執着が無かったから、他の同級生達のように中学を卒業する頃には両親に東京の高校で勉強がしたいと無理を言って上京してきたクチだ。

田舎から都会に!!僕が衝撃を受けた文化の違いの数々

僕が初めて東京に来た時に受けたカルチャーショックは今でも忘れない。

地元の友人の中には、幼い頃から東京に何度か行った事があるような人も沢山いたけれど、僕は高校の受験日まで一度も訪れた事が無かったのだ。

いや、東京だけではない。

およそ都会と言われるような場所にはそれこそまるで縁が無かったものだから、初めて僕が上野駅に降り立った時の感想はとても言葉では言い表せない程だった。

東京の駅や公園のトイレが全て水洗だった事はまさに衝撃で、電車に乗った時も線路が複数あるのには本当に驚かされたものだ。

僕の地元には線路というと1本しかなかったものだが、逆に都会から遊びに来た人は田舎の電車は一方通行なの?と訳の分からない質問をしていた理由がこの時初めてようやく理解出来た。

人の多さも田舎とは雲泥の差がある。

週末や休日の渋谷のスクランブル交差点に集まる人の数は僕の町の全人口より全然多い位で、東京では毎日祭りをやっているのかと思った程だ。

そして何よりも都会は美人が多いと常々聞いてはいたのだがこれは本当にその通りで、一番僕がビックリさせられたのは実はそこだったのだ。

東京でナンパにトライ!!しかし結果は散々に終わる

こんなに周りが美女だらけだと、もう居ても立っても居られなくなった僕は勉強そっちのけで何とか東京の女をモノにしたいという願望が頭から離れなかった。

そもそも田舎は狭い社会だから、何かと目立つ行動は出来ないものだ。

少しの噂もアッと言う間に尾ひれがついて広がってしまうのでナンパはしづらい。

とにかく、自由に生きるという開放感からはかけ離れているのが田舎の社会というものである。

僕の幼馴染にゲイの人が何人もいたが、そんな性癖は田舎では絶対にカミングアウト出来ないものだから、彼等は時期を見ては真っ先に東京を目指す。

一度都会の自由な空気を知ってしまうともう二度と田舎には帰りたくなくなるもので、男は度胸、女は愛嬌、オカマは東京というのが彼等の口癖だった。

そんなこんなで僕も東京で自由に堂々とナンパにチャレンジしてみる事にしたのだが、初ナンパの戦況というのは実に散々な結果に終わってしまった。

だが今考えるとそれもよく分かる話で、当時上京したてで田舎っぺ丸出しの僕はまるで洗練されていなかったのだから、当然の結果といえばそれまでなのだが。

それに東京の女は田舎に比べてまるで外国人かと錯覚する位に美人レベルが全く違う。勿論男もそんな感じで、とにかく皆モデルのようにお洒落で格好がいい。

周りがそんな状況だから自分のイモっぷりに何だか引け目を感じてしまい、おまけに訛りと方言丸出しではせっかく声をかけた美女とも上手く話せなかったので、何回やってもいつまで経ってもナンパは全く成功しない。

いつの間にか僕はすっかり自信喪失に陥り、美女にまともに声をかける事さえ出来なくなってしまったのだ。

カッペから洗練されたナンパ師への変貌

そんな最悪の状況から少しでも早く抜け出して、出来るなら何人もの美女達と深く付き合ってみたい。

その為には、今までのような自己流ではなく、もっと効率的なキチンとしたナンパの方法を学んだり、何よりも冴えない田舎っぺだった自分の内面や外見といったものをもっと洗練された都会風に変える必要があると考えて色々と自分なりに苦労、努力してきた。

よく考えてみれば、これだけ多い東京の人口の中で、果たして一体どれ位の人が江戸っ子なのか?と言われると答えは極少数派だろう。

他は皆、僕と同じで田舎からはるばる上京してきた連中なのだ。

あれだけ街を颯爽と歩いているパリコレのモデル風の美女だって、出身は実はどこかの田舎の野菜農家だったりする可能性もあるわけだから、僕だって努力すれば幾らでも変われる筈だ。

いや、実際この東京で今後生きていく為には自分は都会風に変わらなければならないとこの瞬間強く感じた。

結果、努力の甲斐あって今ではすっかり都会にも馴染み、ナンパも出来るようになり、僕はもう女にモテずに苦悩する事は無くなってしまったのだ。

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